仕事も妊娠も両立できると思ってた!広島で過ごした想定外の妊娠期
広島生活4年目にして待望の第一子を授かった私。仕事も妊娠も両立できると思っていたのに、まさかの切迫流産に。「こんなはずじゃなかった」の連続に何度も心が折れそうなったけれど、気持ちを切り替えることで最終的には楽しく妊娠生活を過ごすことができました。紆余曲折の妊娠生活のエピソードをご紹介します。
辞めたくない!キャリアを失った瞬間
結婚前からヨガのインストラクターとして活動していた私は、夫の転勤で広島に移り住んでからもスタジオに所属して複数のレッスンを担当。学生時代からコツコツと勉強を続け、やっと憧れだったヨガのインストラクターになりました。たくさんの生徒さんに大好きなヨガを伝えられる喜びは、初めての移住で不安を抱えていた私にとってとても大きな支えになったのです。スタジオでは通常レッスンだけでなく、インストラクター養成講座も担当させてもらい、とてもやりがいを持って働いていました。
ヨガレッスンの合間には社会人になってから勉強し始めたwebの知識を活かそうとweb制作会社でのアルバイトも行い、毎日忙しく生活していましたが、どちらの仕事もとても充実していて、妊娠出産しても続けていきたいと考えていました。妊娠中も体に負担をかけすぎずに、今まで通り仕事を継続できるようにと、仕事内容を調整して準備万端で迎えた妊娠にも関わらず、妊娠判明と同時に大量の出血が。すぐに病院に駆け込みましたが、その日から絶対安静状態になったのです。
当時担当していたホットヨガやパワーヨガのレッスンはすぐに担当から外され、妊娠中も続ける予定だったゆったり系クラスもいつ絶対安静の指示がとれるか未定のため別インストラクターが担当することになりました。webの仕事も長時間の座り仕事ができないため休職することに。妊娠中も好きな仕事を続けたいという思いは、妊娠判明と同時に打ち砕かれてしまい、妊娠して嬉しい反面なんとも言えない喪失感に襲われました。
つわりに苦しみ6キロ減。妊娠なんてしなきゃ良かった
妊娠が判明して2週間ほどたった頃から、食事をした後毎回胸がムカムカするように。最初のうちは「食べすぎたかな?」くらいにしか思っていませんでしたが、ある週末に夫が昼食に作ってくれた冷やしうどんを食べて少し経ったときに、今まで感じたことのないような胃の重たさと気持ち悪い違和感が襲ってきたのです。消化不良のせいなのか胸の辺りにまでうどんが居座っている気がして、元々吐くのが苦手な私は、動くと吐きそうな気がして怖くてしばらく横になっていました。結局この胃もたれが3日間近く続きうどんが怖くて食べられなくなり、「つわりでも楽に食べられそうだから!」と夫が張り切って大量購入してくれていたうどんは夫が毎日食べる羽目に。一方の私は、炭水化物を摂ろうにも米もパンも気持ち悪くて食べられず、かろうじて食べることのできたリンゴとフランクフルトでつわりを乗り切ることとなりました。つわり初期は、「つわりダイエットだわ」と冗談を言えるくらいの元気はありましたが、さすがに6キロ近く一気に落ちると焦ります。切迫流産の診断を受けていたため、運動をするわけでもなく数ヶ月ほぼ寝たきりで食事もまともにしていなかったために、体力もどんどん落ちていき…。広島から遠く離れた実家の母にも手伝ってもらわなければ生活できないくらいに弱り切ってしまいました。長引く出血で妊娠が継続できるか不安がつのる日々の中、確実に妊婦仕様に変化して、つわりという現象を起こさせている自分の身体。目まぐるしい状況の変化に心がついて行かず、仕事はおろか日常生活までまともにできない自分が情けなくなり、望んでいたはずの妊娠が疎ましく感じたこともあったほどです。
捨てる神あれば拾う神あり。私を支えたwebの仕事
つわりは予想以上に長く続き、妊娠7ヶ月頃まで気持ち悪さと戦いました。それでも体調の良いときは散歩してみたり、近所に買い物に行ってみたりと日常生活を送れるようになり、穏やかな日々を過ごせるようになった頃、しばらくお休みをもらっていた広島のweb会社から連絡がありました。「短時間で良いから、仕事に復帰してみないか」という提案。
今までのように仕事ができるのかという不安もありましたが、社会人になってから初めての無職期間にモヤモヤしていた私は、妊娠経過も順調だったこともあり家族と相談して仕事を再開することにしました。同僚も身重な私を温かく迎えてくれ、職場全体が妊娠中でも無理なく働けるようにと配慮をしてくれたおかげで、里帰り出産のために実家に帰る直前まで働き続けることができたのです。
母になる自覚と我が子への愛情
最初は自分の仕事のことで頭がいっぱいで、望んでいたはずの妊娠が疎ましく感じたり、広島で築いたキャリアを一瞬で失って社会から閉ざされたような気になって、不安感を抱いたりと気持ちが落ち込むことの多かった私。それでも、妊婦健診で一生懸命心臓を動かし生きようとしている我が子をこの目で見る度に「私のお腹には新しい命がいる」と実感でき、少しずつ状況を受け入れられるようになりました。
その実感は、お腹が大きくなるにつれて増していき、お腹の中からポコポコと赤ちゃんが蹴ってくるのが待ち切れず、暇さえあればお腹を触ったり話しかけたりするようになったほどです。
私のところに来てくれてありがとう。娘への感謝と母になる喜び
ずっと会いたくて、待ち望んでいた我が子との対面はとても感動的なものでした。広島の街を歩きながら「子どもが生まれたら、この公園に一緒に行こう」、「子どもの服はこの店で買いたいな」など我が子との未来を妊娠期間中イメージし続けた私。
生まれたばかりの我が子を抱くのは、大切に育んできた想いの1つが叶った瞬間でもありました。大好きな仕事からは一旦離れることになりましたが、今は我が子との時間を大切にして成長を見守りたいと思います。
担当ライター